クルミを割ったことのない日々

思いついたことを好きなだけ

イケてない道を選んできた

「イケてる女子」として生きてこなかった。

愛や友情に満ち溢れ、今を楽しんでいるキラキラした存在が「イケてる女子」。


イケてる道を選ぶチャンスはいくつもあった。
13歳。イケてる女子と仲良くなったが、小学生の頃より大人びたような会話や感覚が合わない気がして次第に疎遠になった。
16歳。流行に乗ってルーズソックスを買ったが親に嫌な顔をされて恥ずかしくなり、1度も履いて出ることはなかった。イケてる友達との夜遊び、バイトの飲み会、他校の知らない男子とのデート、全て行かない選択をした。

 

理由は「自分と違和感があるから」。


イケてる女子になりたいの?似合わないことしてまで?知らない人と話なんてできる?彼氏でも欲しいの?私が?

 

イケてる自分が想像できなかった。でも、想像する自分って何?と聞かれても答えられはしない。いつの間にか「変わること」に臆病になっていて、そのくせイケてる女子への劣等感で自分なりの生き方さえ見失い、ただただイケてない自分を選択し続けていた。

 

そんな私も進学し社会に出ていくうちに、世代や考え方など様々な人と出会い仲良くなれた。それが次第に自信になった。

私の選んだ道の先で知らない道を生きてきた人と関わり、わかってきたことは「ひとつの選択の答えはひとつじゃない」ということ。

そして当たり前だけど、「イケてる女子」と括っていた人たちも私と同じように悩んだり落ち込んだりしている「個人」だったこと。

 

いつしか「変わりたい」と思えた時、「やってみなければ失敗もできない」という誰かの言葉が臆病な私の背中を押した。

 

25歳。私は昔の自分では想像できない選択をして、新しい未来の選択肢を手に入れることができた。人に話せば選択が遅いと言われることかもしれない。でも自分を変える年齢は誰と比べることでもないのだろう。

 

選ばなかった道をもし進んでいたら、と考えることはある。

それでも、こんな自分もありだと言いたい。

だって、いままでの選択のお陰で、今の私の人生はそこそこイケてると思うから。