クルミを割ったことのない日々

思いついたことを好きなだけ

歯医者さんの嫌な思い出

私が5、6歳の頃だったろうか。

母に連れられ、とある歯科医院に通うことになった。
可愛いキャラクターがそこのマスコットになっており、スタッフの女性達もパステルカラーの制服を着て誰もが明るく出迎えてくれた。

 

その実態たるや、治療室の中では断末魔のごとき叫び声、暴れないよう押さえられロープで椅子にくくりつけられている子供、まるで地獄絵図……。

 

とんでもない所へ来た事は確かだが大きく抵抗するほどの勇気も無く、少しでも嫌がったらあんな目に合うのだと思うと恐怖でロボット化するしかない私。まるで改造されていく仲間を横目に見ながら作業台に向かうしかない哀れなロボ。そして感情を与えられず口を開けている悲しいロボ。

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ところが警戒度を最大値まで引き上げていたせいか、「あんなに泣くほどじゃないわ」と次第に余裕がでてきた。
「いい子にしてて偉いね〜」
歯科助手の女性にそう褒められ得意になっていると、不意打ちで先生の手が奥まで入ってきた。
オエっとなり反射的に口を閉じる。

 

ガブッ!!「アイターーッ!!」

 

子供の泣き声のみが響いていた室内に突如大人の男性の叫び声が響き渡り、キーンとした空気が流れる。

自作の人造人間に唐突に反撃された博士の如く、無警戒だった先生は私に指を思いっきり噛まれた。

「イテテテ……」
「先生大丈夫ですかぁ?」
水道で手を冷やす先生と心配そうに見守るスタッフ女性陣。
さっき褒めてくれた女性も、完全に私を敵視している(気がする)。

逆らえないと思っていた大人に初めて牙を剥き、無力なはずの自分が人を傷つけてしまうモンスターだと知ったあの日。(言ってみたかっただけ)

恐ろしくなり、ロボのフリだけは続けて口を開いたまま心は閉ざした。

 

そこからは先生が私に少し警戒心を抱くようになったことが感じ取れて、なんとも居心地が悪かった。しかしロボは謝りもせず泣きもせずただそこに横たわっていた。とりあえず謝るべきだったが引っ込み思案が悪い方に作用したのだ。

とは言え、罪悪感だけは必要以上に持ち合わせている。うまく表現できないせいで、あらぬ方向で表面化する。
その歯科医院は、帰りにキャラクターの文房具などをお土産をくれるサービスがあった。しかもカゴの中から好きなものを選ばせてくれる。まさに鞭からの飴。子供にいい思い出を残す努力だ。
しかし私はカゴの前からなかなか動けなかった。
(噛み付いた私が良いものを貰うことが許されるのか。この可愛いやつを取ったら嫌な顔されるかも知れない。でもこのあんまりなやつは欲しくはないがこれなら許されるだろうか……)と余計な事を考えて無駄にチョイスタイムが長引いていた。
「好きなの選んでいいよ〜」と辛うじて優しくしてくれた女性スタッフも、動かない私に業を煮やし「これにしよっか?」と適当にあんまりなやつを私に渡した。私は黙って頷くしかなかった。

私にとって、その歯科医院は始まりから終わりまで鞭アンド鞭だった。


昔の事をこう書き出していると、何だかつくづく面倒臭い思考をした子供だったなと思う。というか、異常に人の目を気にしていないか?誰かに自分の意見を強く否定されたトラウマでもあるのか?思い出せないが、心の闇に近づいている気がして怖くなった。